文芸部

リレー小説①非科学的博士

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3回完結のリレー小説がスタートします!楽しんでいただけると嬉しいです。

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ウィーン。一糸乱れぬ整列をつくる電気式全自動車のドアが博士の目の前で開く。博士が鈍く光るその鉄の物体に乗り込むと、搭載されているAIが今日の予定を確認する。「今日は9時20分からワトソン社と研究の進捗報告会、12時半からノーストン社と会食、17時に退勤です」そうか、今日は報告会があったんだったか。会社に着いたらすぐに準備を始めないと。

 会社に着くと、すぐに書庫へと向かう。報告会まではあと1時間ほどしかない。急がなければ。博士の研究するものは、主に心霊現象についてだった。2124年、科学技術の発展が進みに進み、人類の生活は科学技術に完全に支配されている。そんな社会で、最も非科学的ともいえる心霊現象を研究する博士は、かなりの変わり者だと言われている。100年ほど前は多くの人が関心を持ち、研究も盛んに行われたという心霊現象も、スーパーコンピュータによって人生、つまり職、結婚相手から食事や人間関係まですべて管理されるような、科学によって秩序だてられたこの社会においては、幼稚なおとぎ話に過ぎない。博士自身、みずから研究する身であるとしても心霊現象が本当に起こりうるのかということについてはいまひとつ確信が持てないのであった。なにしろ現実世界で、すくなくとも博士が生まれる随分前から、それはずっと起こっていないのだから。博士は、ずっと昔の資料から数々の事例を地道に探し続けるしか無かった。

 よって博士は膨大な量の心霊現象に関する本と、数々の心霊現象の事例をまとめたファイルをぎっしり本棚に詰め込んでいた。

「今日の報告会のは、どのファイルにまとめたんだっけな、、」

ガサゴソと本棚をあさるが、なかなか見つからない。本棚は2mくらいの高さで、1番上には梯子を使わなければ届かない。博士に割り当てられているオフィスは、広々とした、白が基調となっているどこか無機質な部屋である。朝早いせいでチームのメンバーたちはまだ誰一人来ておらず、しんとしている。大きい窓からは朝日が差し込み、元々白い部屋は、さらに白く、その輪郭が掴めないほどである。まるで世界に一人になってしまったみたいだった。いや、あるいは本当にそうだったのかもしれない。窓からちらりと外を覗けば、色々な形をした、しかしどれも白く統一された建造物が広がっている。どの建物にも大きな窓が付いていて、中で何をしているかひと目でわかるようになっている。いくらコンピュータの監視下にあるとしても、されど、腐っても人間、敵意をもてば何をしだすか分からない。コンピュータに指示された一日の予定を乱そうものなら一大事である。一部が狂えばそれは何層にも広がっていく。よって人間の目を使うのだ。他人に不審がられることへの恐怖心は何よりも効く。よく考えられたシステムだ。

 

 まったく、人間なんかよりコンピュータの連中の方がよっぽど人間らしいな。コンピュータによって管理され、無駄が極限まで排除された生活は、とても居心地がいい。あたたかいぬかるみにはまると、抜け出すことは困難だ。なにもせずともコンピュータによって人生の全てがゆっくりと上手く進む周りの人間を見ていると、なかなか幸せそうだ。しかし、彼らの目は総じて光を失っている。意思が感じられないのだ。心霊現象なんてものの研究をしているのは、自分のなかに息を潜めるそういったものへの反骨精神から来ているのかもしれなかった。

 悶々とそんなことを考えていると、真っ白な朝日と部屋の空気が混濁していく。白濁する空気を見つめながら、穏やかで、ゆっくりとした恐怖を感じる。自分もこの白い社会に吸い込まれていく運命なのだろうか、ちょうど目の前をまう埃のように。

 ゴトンっ。そのとき、大きな音を立てて本棚の中でと一際分厚い本が床に落ちた。